道の駅 おびら鰊番屋 を徹底解剖!日本最北端の国指定重要文化財がある道の駅【登録番号27番】

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  • 真正面に広がる日本海 鰊(にしん)による栄華と歴史を伝える道の駅
  • 北海道発展の歴史の象徴 明治38年頃(1905)に建てられた北海道内で最も大きい規模の鰊御殿 旧花田家番屋
  • 小平町PRキャラクター”おびまる” を見るだけで小平町の特産品がまるっとわかる

日本海沿いをずっと石狩市から天塩町まで(小樽から稚内の場合も)走ることができるオロロンラインとして知られる国道232号・239号沿いにある道の駅 おびら鰊番屋。北海道発展の歴史の象徴でもある鰊御殿 旧花田家番屋の横にあるのが特徴。この鰊御殿は明治38年ごろ(1905)に建てられ、北海道内で現存する鰊御殿の中で最大規模となる。また、国の重要文化財に登録されており、日本最北端の国指定重要文化財の建物としても有名。

また、小平町PRキャラクターの “おびまる” を見るだけで小平町の特産品がわかるのが必見ポイント。「小平町の特産品をまるごとPR」で ”おびまる” と名付けられただけはあります。顔は北海道唯一のアイボリーメロン、頭から生えるツノは小平牛、マントはタコ、胴体は御茶碗によそった小平米、靴は魚、ネクタイと手はホタテというこだわりっぷり。道の駅内でグッズなど販売されているので必見。

観光地をお探しの方、車中泊旅、バイク旅、少し足を伸ばし立ち寄る方、皆様の参考になれば嬉しいです!

目次 (読みたい場所をタップ)

道の駅 基本情報

MAP CODE959 184 151
住所留萌郡小平町字鬼鹿広富
ルモイグン オビラチョウ オニシカヒロトミ
標高8m
営業時間食材供給施設(売店)、旧花田家番屋
8:00~17:00(5月~10月)
9:00~16:00(11月~4月)
食材供給施設(レストラン)
10:30~16:00(5月~10月)
10:30~14:00(11月~4月)
観光交流センター(交流ギャラリー)
9:00~18:00(4月~11月)
10:00~17:00(12月~3月)
観光交流センター(特産品販売コーナー)
9:00~18:00(4月~11月)
9:00~17:00(12月~3月)
休館日食材供給施設、旧花田家番屋
毎週月曜日、年末年始
無休(6月第3月曜日から8月第2月曜日)
観光交流センター
年末年始
スタンプ押印可能時間観光交流センター(交流ギャラリー)と同様※休館日は押せません
駐車可能台数大型:10台 普通車:63(身障者用2)台
登録年月日平成8年4月16日(1996年)【登録番号27】
併設施設
隣接/近隣観光地 等重要文化財 旧花田家番屋
最寄りの道の駅(北)20km 風Wとままえ
(北)28km ほっと♡はぼろ
(南)23km るもい
公式HPhttps://hokkaido-michinoeki.jp/michinoeki/744/
市観光サイト
季節や情勢によって開館時間等が変わっている場合があります。
詳細は公式ホームページをご覧ください

施設

道の駅施設内

外観

道の駅の建物右側にある旧花田家番屋と装いを同じくし歴史ある木造建築のような外観が特徴の道の駅 おびら番屋。建物が横に長く大きいので初めて訪れると圧倒される道の駅でもあります。また、“今よみがえるヤン衆のいぶき” という看板も目立ちます。

さて建物ですが、まず一番左側の建物は、観光交流センター内物産販売コーナーになっており、鰊漁の親方の部屋を再現した親方の間や交流ギャラリーがあります。また2階には歴史文化保存展示ホールがあり、博物館のようになっているので必見です。また、その建物(観光交流センター)の右”今よみがえるヤン衆のいぶき”看板を過ぎたあたりに24時間トイレがあります。

次に道の駅右側の建物は物産と、レストランが入っている建物になります。そしてその建物も過ぎて少し離れた位置にあるのが最北端の国指定重要文化財の建築物 旧花田家番屋になります。

観光交流センター内物産販売コーナー(建物左手)

“今よみがえるヤン衆のいぶき” 看板の下にある入り口より入ると交流ギャラリーがあります。左手へと進むと上記の大漁旗が掲げられ、天井には銀色の魚が吊るされている物産販売コーナーがあります。こちらでは小平町ならではのアイボリーメロンなどが購入できます。

親方の間(観光交流センター1階)

先ほどの、観光交流センター内物産販売コーナーの隣、中央の入り口から入ると一番奥にあるのが親方の間です。囲炉裏があり、靴を脱いで休憩できる休憩コーナーです。また、こちらのコーナーの正面には鰊漁について説明するミニチュアと看板が複数あるので道の駅 おびら鰊番屋を訪れた際は絶対に見ておきたいスポット。

交流ギャラリー+道の駅スタンプ設置(観光交流センター1階)

“今よみがえるヤン衆のいぶき” 看板下の入り口を入ると天井が高くひらけた空間があります。壁には大漁旗が飾られ、ベンチなど座って休憩できる空間です。また木材で作られているため、ほんのりと木の香りがするのがリラックスできて良いポイント。

歴史文化保存展示ホール(観光交流センター2階)

観光交流センター内物産販売コーナーの上、2階にある歴史文化保存展示ホール。鰊漁で使用された漁具をはじめ、農具などが数多く展示されている博物館のような場所。いろいろ見れて興味深い場所です。道の駅正面道路挟んである三船遭難慰霊之碑についての内容もありますので是非訪れてみてください。

レストラン・売店(建物右手側)

こちらは先ほどの観光交流センターとは通路にかけられた屋根で繋がっている建物右側にあるレストランと売店。観光交流センターは2015年4月に新たにオープンした建物で、こちらが元々の道の駅の建物でもあります。こちらでは目の前に広がる日本海でとれた新鮮な海の幸を中心に、ラーメン、ハンバーグなど提供されておりお腹を満たすのに最適。どのメニューも本当に美味しそうで悩むこと間違いなしです。

道の駅併設施設

重要文化財 旧花田家番屋

道の駅の売店などから少し離れた位置にある大きな木造建築が “旧花田家番屋”。明治から大正にかけて全盛期を迎え、昭和ごろに鰊の群れが見られなくなって廃れた鰊漁。北海道の歴史を語る上では絶対に切って離せない歴史で、ニシンによって富を得て御殿が建つことからも鰊御殿と呼ばれていました。この旧花田家番屋は明治38年に建てられ、北海道内で現存する鰊御殿の中で最大規模の建物で、かつ国の重要文化財として登録されています。また、国の重要文化財の建物の中で最北端にある建物としても有名。全盛期には200名以上が働いていた場所でもあります。内部の見学も大人400円、子供150円ほどでできるので是非見学して行ってみてください。結構広くて面白い建築物です。

にしん文化歴史公園

道の駅正面、道路を挟んで日本海前にある公園で、アーチをしたモニュメントは夕日をイメージしているんだそう。その前には松浦武四郎の像がたっており、彼が詠んだ短歌がモニュメントに刻まれています。そして、このモニュメントから少し歩いたところに三船遭難慰霊之碑と平和への祈りがたっています。これは昭和20年(1945)8月22日の終戦後一週間後に発生した悲劇の為の慰霊碑です。

オススメグルメ / お土産

オススメグルメ

おすすめのグルメは小平町の特産品”アイボリーメロン”。時期じゃないと食べられませんが、それでも一押し。というのも北海道内はもちろん、日本国内でも小平町でしか生産していない幻のメロンだから。どうしても栽培の手間がかかるメロンのため、一般的に栽培を忌避され年々栽培量も減っているんだそう。爽やかな甘味が特徴の小平町だけのメロンは絶対に食べておきたいグルメ。

もちろん、道の駅のレストランで味わえる道の駅前に広がる日本海からえた新鮮な海産物を使用した料理もおすすめ。

オススメのお土産

オススメのお土産は “番屋まんじゅう 鰊番屋”。やはり、道の駅 おびら鰊番屋といえば旧花田家番屋。最北端の重要文化財の建物として有名であると同時に、北海道の発展を支えたニシンの絵も描かれており一押し。ちなみに饅頭一個一個に旧花田家住宅の絵が入っているのもポイントです。

最寄りの買い物施設

道の駅から羽幌町方面(北方面)約1.6km進んだところにローソン 留萌鬼鹿店があります。また道の駅より同じ方向に約2.3km進んだところにセイコーマート 鬼鹿店もあります。

ただ、留萌市側(南方面)の場合は、少し距離がありますのでご注意ください。道の駅より約13.5km〜14.2km離れた場所に、セブンイレブン 留萌小平店と、セイコーマート 小平店があります。

スタンプラリー

スタンプデザイン

スタンプ押印可能時間観光交流センター(交流ギャラリー)と同様※休館日は押せません
9:00~18:00(4月~11月)
10:00~17:00(12月~3月)

スタンプの置いてある場所

観光交流センター 交流ギャラリー内設置(建物左手)

“今よみがえるヤン衆のいぶき” という看板の下の入り口を通り、交流ギャラリーへと入ります。入りましたらすぐに左側へ進むと左側にスタンプが設置されています。観光交流センター内物産販売コーナーの方へと向かうことになりますが、そこまでいかず、交流ギャラリー内にあるので見つけやすいと思います。

レストラン・売店側設置(建物右手)

こちらは昔の道の駅の建物側、現在レストランと売店がある建物側です。この建物入り口前にスタンプ台が設置されています。

近くの観光地 / 道の駅

周辺の観光地

重要文化財 旧花田家番屋

最寄りの道の駅

(北) 道の駅 風Wとままえ (20km)

(北) 道の駅 ほっと♡はぼろ (28km)

(南) 道の駅 るもい (23km)

ちょっとした豆知識コーナー

位置と交通

地名の語源

歴史

三船遭難慰霊之碑の詳細

かつて南樺太は樺太・千島交換条約により日本領でしたが、ソ連侵攻により樺太から多くの日本人が緊急疎開船にのり北海道を目指しました。その疎開船のうち三船、小笠原丸・第二号新興丸・泰東丸の順で留萌沖にて国籍不明(ソ連のL-12と思われる)の潜水艦により攻撃を受け1708名以上が犠牲となった事件。

最初の小笠原丸は魚雷により撃沈。乗員乗客638名死亡、生存者わずか61名(62名とも)。撃沈後潜水艦は浮上し波間に浮かぶ人々へ機関銃掃射を浴びせかけていたとも言われている。この緊急疎開戦にのり、先の寄港地稚内港で下船した中に後に、大相撲横綱大鵬がおり現在稚内港には大鵬の碑がたっています。

また次に被害を受けた第二号新興丸は国籍不明(ソ連)潜水艦により魚雷が命中し大穴が開く。その後、2〜3隻の潜水艦が浮上し追加攻撃を加えてきた為、激しく応戦した。その後、海岸近くを航行し留萌港に入港し撃沈は免れた。しかしながら魚雷による多数の死者、穴が開いたことにより海に投げ出され行方不明となったものも多い。入港時に船内で確認された遺体229体、行方不明者合わせて400名近くの犠牲者を出しています。

最後に被害を受けた泰東丸は先に通った上記2船の残骸・漂流する遺体などを目撃し警戒するも浮上してきた国籍不明(ソ連)潜水艦により砲撃をうける。浮上前に魚雷を最初に撃たれたという証言もあるが、真偽は不明。連合国による停船合図とも考え白旗を掲げ無抵抗を示すも砲撃・機関銃掃射を浴びせかけられた。その後応戦したかは証言がまちまちであり不明であるが、深刻な損傷を受けて沈没した。乗員乗客780名中667名死亡。

この事件は国籍不明潜水艦によって発生した事件。ただ、当時すでにポツダム宣言受諾によりイギリス・アメリカなどの連合国側は戦闘行為を停止しており留萌沖などの海域で行動を行なっていない為、ソ連が最も有力視されている。また、戦後記録などから当時留萌沖付近で活動を行っていたことが確認されている。また北海道占領を目的として留萌へ上陸する作戦もあり、上陸のために日本船を全て撃沈させる命令がありました。とはいえ、現在まで撃沈したとは公式にロシアは認めておらず国籍不明となっています。

道の駅二階にある歴史文化保存展示ホールにて引き揚げられたバッテリーなどの残骸で見ることができるので是非行ってみてください。

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